「倫理学概説」第2回の「倫理学Q&A」でいただいた質問のなかには、
嘘に関するものがいくつかありました。
今回のタイトルに掲げた質問のほかに、
「Q.嘘をつくという行為を倫理的視点から見るとどうなるのか?」や
「Q.真実を知って苦しむか、知らないで幸せに生きるか、どちらがいいですか?」、
「Q.自分を偽ることは悪ですか?」
等々の質問を頂戴しました。
それを承けて、このブログで嘘に関して何か書いてなかったかなと思って探したのですが、
正面から論じた記事は見つかりませんでした。
嘘に関連する問題を扱った記事は以下になります。
3つめと4つめは下ネタを含んでいますので、苦手な人はクリックしないほうがいいと思います。
私としては大真面目な問題として取り上げているのですが…。
「教職につきものの危険性(その1)」では、教員の倫理の第一義務として、
子どもに故意に嘘を教えることはけっして許されないと書いています。
その言い方だと「嘘をつくことは絶対にだめ」と言っているように聞こえますが、
その記事では、嘘を教えないということが意外と難しいことであるということも書いています。
例えば、本人は嘘とまったく思っておらず正しいことを教えたと思っていたけれど、
それが実は間違っていたとか、後に間違っていたことが判明するなんてことがありえます。
それは嘘になるのでしょうか、ならないのでしょうか。
そもそも嘘とは何なのか、これを定義するのがなかなか難しいのです。
真実に反することはすべて嘘なのでしょうか?
そうだとするとお笑い芸人のボケはすべて嘘ということになってしまいます。
いや、お笑いに限定せずとも、劇やドラマの俳優もみんな嘘つきということになります。
そこまで広げた場合は、嘘は絶対にだめとは言えない気がしますね。
あるいは、そういうのは嘘には含めないとするならば、
嘘をどう定義すればよいでしょうか。
人間の言語は虚構(フィクション)を作り出すことができるわけですが、
虚構と嘘をどう区別したらよいのでしょうか。
さらには虚偽と嘘は区別したほうがいいのか同じものなのか、
考えれば考えるほど難しい問題です。
そして、虚偽や虚構と嘘を区別することができたとしても、
相手のためを思って嘘をつくということがありますよね。
告知の問題やフェイク・オーガズムの問題はその手の嘘の問題です。
それらの記事では、絶対にだめとは書いていません。
できればしないほうがいいけれど、絶対にだめとは言い切れない、というスタンスです。
このように、私自身、嘘の問題についてはきちんと答えを出せていません。
ずっと考えているのですが、嘘をきちんと定義することすらできていません。
ぜひ皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
ちょうど明日開催される「てつがくカフェ@ふくしま」のテーマが、
「嘘/FAKE」となっております。
一般市民の皆さまの意見をお聞きするチャンスですので、
学生の皆さんもぜひ参加してみてください。